05

盲導犬訓練士 多和田 悟さんインタビュー「見えない人に、 私は何ができるのか。 多様性を認め合う社会を目指して 」

印刷する

「犬と話ができる魔術師」と呼ばれ、 日本の盲導犬育成のカリスマ的存在である多和田悟氏。 映画化もされた『盲導犬クイールの一生』で有名な クイールの訓練士でもあり、多くの視覚障がい者の方々のために 盲導犬を育成してきた氏の想いと理想を伺った。

02

 

盲導犬は1000人の人生にかかわってきた

―多和田さんが訓練士になった頃とその後ではどのような変化がありましたか。  

私が訓練の仕事に入った1974年には250人が盲導犬を使っていました。この盲導犬を何人が使っていたかという捉え方が大事です。何頭盲導犬がいるのかではなく、何人が使っていたのか。盲導犬というのは横に人がいなければタダの犬です。そういう意味では、組でなければ意味がないんですよ。日本の視覚障がい者の数は約30万人で、そのうち盲導犬を必要としている人は推計では約3000人といわれています。そして今では盲導犬と人間のペアは1000組になっています。4倍ですね。

―1000組という数は多いんですか、少ないんですか。

多いとも少ないともいえます。全国の視覚障がい者の人数と比較すると少ないですよ。ただ、盲導犬は選択肢の一つです。ほとんどの人がガイドヘルパーさんか白杖を選びますが、それ以上に多いのが自分の保有視覚だけで歩く人です。ストローの穴程度の視野であっても、少しでも見えていたらそれで歩く人は多いですね。私の理想はノンビジュアルコミュニケーションなんです。コミュニケーションツールとしての盲導犬。 杖や犬を選ぶ人、保有視覚にとどまる人。いろいろな人がいます。それぞれの人が選んだ結果なので、1000組という数字が多いのか少ないのかは分かりません。しかしそれだけの人に選ばれているという事実にはとても励まされますよ。仕事を認めていただいて、それぞれの方の人生にかかわることができているわけですから。そう考えると1000組という数字は小さくないと思います。身体障害者手帳の保有者の数から見れば少ないのですが、一人ひとりの人生にかかわることができているわけです。そう考えたら大きい数字だと思います。

01
 

訓練士としての責任と焦り

―もっと多くの盲導犬を育成しなければという焦りはありますか。

そうですね。私は今年62歳であとどれぐらい現場にいられるか分かりません。同じ感性とまでは言わなくても、同じサービスを供給できる人間は育てたいんです。例えば、多くの方が初めて盲導犬を持った時に、「なぜもっと早く盲導犬を持たなかったのだろう」と仰います。それを聞くたびにとても申し訳ないと思います。なぜなら我々は見える人間で、見えない方たちの方向を向いて仕事をしているんです。本来ならばこちらのほうからその人たちに申し出なければならなかったんです。そういうことを言わせてしまったということは我々の怠慢ですよ。だからこそ、多くのメディアに取り上げていただけるのはとてもありがたいですね。特にクイールの映画はその認知度ということに関して盲導犬を変えたと思います。見えない人にとって盲導犬という選択肢があるということを示しました。そういう意味で私たちにとっても焦りというのはあります。もっと早く盲導犬を知りたかったという人の失った年月をなるべく少なくしたい。

03
 

盲導犬はただ褒めてほしいだけ

―盲導犬にとっての幸せはどのようなものですか。

盲導犬としての幸せは、一つの仕事、達成感のある仕事をやり遂げて褒めてもらうことです。だってハーネスを持っていると犬のほうから頭を突っ込んできて「さぁ出かけよう」と言わんばかりなんですよ。盲導犬という仕事を喜ぶ能力があるんです。ただそれを使命感と呼んでいいのかは分かりません。「自分の主人は目が見えないから私がしっかりしなきゃ」なんて思っている犬は一頭もいません(笑)。私は彼らにそういう使命感を求めていません。彼らの一生が楽しいものであればいいと思っています。そしてその楽しさをもたらすのは、やはり褒められるということなんですよ。この仕事をする中で、いろいろ犬のことを考えたのですが、それをまとめると結局彼らには快か不快しかなく、上書き学習しかできない。そういう前提でないと訓練の理論は組み立てられません。我々は座らせて褒めるということをよくやります。褒めるために座らせる。ある行為に価値をつける。 犬は褒められると快を感じますが、褒められた価値がどこにあるのかを教えなくてはいけないんです。だから「お座り」を使って「Good」を教える。「Good」とは「よし」ではなくて、「それでよい、それで正しい」なんです。「No」は「ダメ」じゃなくて、「違う」なんです。例えば、「Sit,No,Sit,Good」これだけで絵が浮かぶでしょう。1回目の「Sit」では犬は座らなかったので、「No」で「そうじゃない」ということを伝える、そして2回目の「Sit」のあとに「Good」と言ってあげることで犬は「これで正しかったんだな」ということが分かる。しかし、何かを教える際に不快を用いては教えられません。そこから逃げることしか学習しないでしょう。「No」、つまり不快で教えたことを「Yes」つまり快に転換しなければなりません。

04
 

叱らない訓練と教育

―多和田さんは叱らない訓練ということでも有名です。

叱るということは、それが「間違いである」と認識して、人は叱ります。つまり先に正解があるという前提があって人は叱っているのです。例えばスピードを上げて早く引っ張る犬に「No」と言っても犬は何をして良いか分からない。正しいのは、自分がして欲しいことを犬の快と結びつけることです。だから「No」を教えるということは、「違うよ、そうじゃなくてこうだよ」というのを教えてそのあとに「Good」で褒めてやる、快を与えるということ。だから犬をひどい目にあわせて、「俺は主人だぞ」というのが通用するのは人間の世界だけですよ。犬の世界では通用しません。

―「No」を押し付けているだけでは言うことは聞いてくれないんですね。

犬は褒められるのが好きなんですよ。人間もそうでしょう。私なんか特に好きなんですが、一番めげるのは陰で悪口を言われることですね。それに煩わされるのが嫌なんですよ。実際に見たこともないのに盲導犬がかわいそうという人が多いんですよ。見えない人が犬と暮らすことによって、とても豊かになっているのに。盲導犬の仕事は角、段差、障害物を教えるということがありますが、一番大事なのは「そこにいる」ということ。目が見えない人が手を伸ばした時にすぐそこにいるのが盲導犬。これは盲導犬でないとできない仕事です。例えばどこかに出かける時に前もってガイドヘルパーさんに連絡するのは面倒ですよね。盲導犬がいれば自分が思い立った時に社会に参加することができる。フッと思い立った時にコンビニに行くことだってできる。今まで白杖を使って歩いていた人が、盲導犬を使って初めて「風を感じて歩くことができた」と言ってくださるんです。スピードが白杖とでは全く違いますからね。それでも犬なんて人の都合で使うんじゃないよって使用者のところに行ってわざわざ言う人がいるんです。しかし、「あなたは視覚障がい者に対して何ができるの」というのが、私が子どものころから大事にしてきたことです。見えない人がいたら、私は何ができるのか。

―「No」で教えるのではなく、「No」を教えるというのは人の教育にも通じますね。  

人の教育を考える余裕はなかったですね。でも「No」で学ぶことはそんなに多くないと思うんですよ。人間は考える力がありますし、人間の教育は私はもっと凄いことだと思います。ただ、訓練士の育成をしなければいけないのですが、教えるのはあくまで手段です。訓練士学校で教える時、私は勝手に喋ります。学生はメモをとる。そして一年の終わりにとったメモを皆でまとめると、いい教科書ができあがっているわけです。教科書はそういうものだと思うんですよ。私のようにやりなさい、ではなくて、私はこう考える、ではあなたはどう考えるのか、と。

盲導犬訓練士としての理想の社会

―使う側の訓練も必要ですね。

共同訓練という4週間の訓練を、使う側にも受けてもらいます。犬の扱い方以上に、見えない人が犬の目を使って歩くということを学んでいるんです。犬という眼球をハーネスという視神経を通じて認知するというのが盲導犬の歩行なんです。杖の場合は触覚の情報を視覚情報に換えて使っているんだと思います。

―例えば車のハンドルは高齢に達したら離しますが、盲導犬は何歳まで使えるのでしょう。

高齢だからこそ盲導犬を使ったほうが良いということもあるんですよ。私が目指しているのは死ぬまで盲導犬。自分を自分で認知し、徘徊などをしない限り、元気で歩けるあいだはずっと盲導犬。今、私の2回り年長で、86歳になる人の犬が7歳なんです。「次の犬は用意してくれているかね」と催促されるんですよ。そういうのが嬉しいです。

―一人の訓練士は年間何頭の盲導犬を育てられるものですか?

理想は年間4頭です。育成の成功率が50%だとして、8頭訓練しなければならない。成功するかどうかは、盲導犬としての作業ができるかどうかじゃなくて、犬がその作業を楽しめるかどうかが大きい。人を導くことを楽しめる、それが負担なくできるかどうか。頑張ったらできる、というのではダメなんです。実は盲導犬の作業ぐらいだったらたいていの犬はできるんですよ。でも楽しめるかどうかは適性の問題です。だから盲導犬の育成成功率が高くならないのは、私はあえて高い必要がないと思うからです。

―今盲導犬を育てるのにお金も掛かると思います。国の制度でこういうものがあったらいいなと思うことはありますか。

特に不満はありませんが、むしろ市民の方の意識が気になりますね。例えば盲導犬を連れた人に「こんなところへ来るな、俺は犬が嫌いなんだから」と言う人がいます。誰も見えていたらわざわざ犬を連れてきません。世の中には見えない人、聞こえない人、自分で歩けない人がいます。自分が当たり前にできるからといって、できない人を排除するやり方は良くありません。ある国が成熟しているかどうかの一番の指標はその国が障がい者をどう扱っているかだと思います。それによって国の品位が決まると思うんですよ。盲導犬を使う一人の市民を排除しない社会。補聴器や車椅子を使う市民を排除しない社会。それが整ったとき、全ての人が生きやすい世の中になる。そしてその国の品位は非常に高いものになる。人の人間を排除しない社会。それがこれから盲導犬事業において私が目指しているところです。

img_f35a311dd9c6fae6237153e7f8257974306946

『クイールを育てた訓練士』
本書は、多和田氏の手記「Sam’s Notes」(氏は海外ではサムと呼ばれている)と、矢貫隆氏の綴った多和田氏の物語で構成。 高校時代“点字の先生”と慕っていた死刑囚との手紙での交流、大学を中退して盲導犬訓練士になろうと思ったいきさつ、薄給ゆえに盲導犬育成士としての夢を一度は挫折しかけたことなどを交え多和田氏の半生が描かれ、氏の盲導犬、視覚障がい者、人間に対する想いが伝わる一冊。

著者:多和田悟・矢貫隆 出版社:文藝春秋 定価:552円+税
ISBN:978-4-16-775364-1
多和田 悟 Profile

寄付によって成り立つ日本盲導犬協会
公益財団法人日本盲導犬協会(以下、協会)は、盲導犬を利用する人に犬を預ける際、「無償貸与」という形をとっており、90%が寄付によって成り立っている団体である。現在日本国内では約1000人の方が盲導犬とペアを組んでいるが、1頭の犬が盲導犬として仕事ができる期間は約8年。30歳の方が視力を失い、80歳まで盲導犬を使うならば将来5頭の犬が必要。 7月よりACジャパン支援による協会のCMが放映されており、より社会の皆様にその存在を認知していただく機会に恵まれつつある。現在、協会では盲導犬になるための子犬を10カ月間育成するパピーウォーカーと呼ばれるボランティアを募集しており、協会の公式サイトで受けつけている。

Coordinate _ Chitose Hasegawa(Japan Life Design Systems
Text _Masamu Kobayashi(Japan Life Design Systems
Photo _ Tomoki Hirokawa

多和田 悟

盲導犬訓練士。1952年生まれ。青山学院大学文学部神学科を中退し、74年、日本盲導犬協会の小金井訓練センターに入る。日本盲導犬協会北陸盲導犬訓練所勤務を経て、82年、関西盲導犬協会設立時に訓練部長として参加。87年、盲導犬クイールを訓練する。95年、オーストラリアのクイーンズランド盲導犬協会に招聘される。2001年に帰国し、関西盲導犬協会のシニア・コーディネーターを経て現職。

この記事をシェアする。

LIFE DESIGN JOURNAL MAIL SERVICEは、タイムリーな情報満載のメールマガジンのお届け、さらに購読者限定のスペシャルプレゼントや、イベント・セミナーへのご招待など様々な特典を提供するサービスプログラムです。メールアドレスの入力のみで登録が可能です。

プライバシーポリシー に同意して、