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一般社団法人ウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッション代表理事・会長 尾原蓉子 × 谷口 正和 スペシャル対談「新しい社会エンジンの創造」

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自己表現の時代に突入し、「デザイン・シンキング」という着想を得た生活者たち。 価値の多様化が急速に広がり続ける中、新しい社会活力となる原動力とはいったいどこにあるのだろうか。ファッション関連業界で働く女性のキャリア開発を支援するWEF(一般社団法人ウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッション)の会長である尾原蓉子氏との対談によって浮き彫りにしていく。

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個人財の社会財化へ
求められる多様なロールモデル

谷口 尾原さんは、50年以上にもわたってファッションの世界に携わってこられて、現状をどのようにお考えですか。

尾原 ファッションビジネスという言葉ができて、50年近くが経過しました。ファッションビジネスは、今、ブランドやトレンドなどの時流に乗ることが目的化され、ますますコマーシャリズムの方向に進んでいることに危機感を持っています。ファッション本来の意味である自己表現を蔑ろにし、大量消費社会の象徴となっています。今は、どのようにその呪縛を解き放ち、ファッション業界に新しい流れを創るかが問題となっています。

谷口 確かに、今のショッピングセンターには、ウェア専門店ばかりが軒を連ね、物売りの発想が如実に現われているという印象を受けます。今こそ、ライフスタイルモールそしてサービスモールへの転換が求められているように感じますね。WEFを設立されてから、1年が経過しました。多くの女性が働く現場の声を聞いてこられて、どのような課題が見えてきましたか。

尾原 今、あらゆる分野で女性の登用が進んでいますが、4つの課題が 明確になりました。第一にロールモデルがいない。次いで、女性自身の意識の問題、男性の意識および企業風土の問題、そして働き方です。これらに対処すべく、シンポジウムやキャリア研修、女性活躍推進者会議などを頻繁に開いています。働く女性のロールモデルについては、いないことが問題なのではなく、女性活躍の事例が広く知られていないということが問題なのだということが浮き彫りになってきました。彼女たちをオンステージさせ、ワンパターンとなっているロールモデルにも多様性を持たせていきたいと考えています。彼女たちのライフスタイルがそれぞれ違っているので、キャリアばかりではなく、キャリアに関する考え方、そして生き方についても、皆でシェアすることで、これからのヒントとなっていければと考えています。  さらに女性が管理職になりたがらない事実もあります。実は女性の幹部登用も、社外役員という形で、ごく限られた人だけがたらい回しにされているのが現状です。すると、今あるロールモデルも、限られた人だけの話になってしまいます。この課題に対して、私たちとしては3年後には女性自身の意識が少しでも変わっていればいいと思っています。女性のキャリアアップの可視化を考えたとき、どのような指標があればいいのでしょうか。

谷口 例えば、新規事業創造という企業内ベンチャーに取り組ませることではないでしょうか。1年目、2年目、3年目と順を追って目標を設定して育てていく。この場合、管理型のマネジメントでは結果が見えにくいでしょう。そうではなく、きちんとしたビジネスモデルにまで落とし込んでいける企業内ベンチャーを興させ、収支モデルへと確立させていくことが大切だと思います。目標設定があるのとないのとでは全然意味合いが違ってきます。そして、それらの情報をしっかりとシェアしていく。その先には、多くの女性が働くファッション業界だけではなく日本社会全体を変えるという高い視座が大切なような気がします。業界という小さな枠組みの中で戦術を練るのではなく、全体をボトムアップしていき、すべてを俯瞰した戦略に基づいた展開が必要だといえるでしょう。

尾原 私たちも女性が平等になるだけではなく、女性が主体性を持って、世の中に貢献したいと望み、かつ、その望みに応えられる社会作りを目的としています。これで社会が変われば、ファッションビジネスも、女性の目線が反映されて変化するはずです。しかし、旧態依然の人は、いまだに近視眼的な経営をやっていてチャンスを逃している。それではいけない。女性にがんばってほしいということも大切ですが、女性が自分の視座を持って自らを エンパワーしていくことが何よりも大切なのではないかと思っています。

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3度の留学が原動力
「尾原蓉子」というロールモデル

谷口 まさしく尾原さんは、エンパワメントの象徴ともいえると思います。その原動力はいったいなんだったのでしょうか。

尾原 私自身をエンパワーしていくきっかけとなったのは、3度の留学です。  初めての留学は、高校2年生の時、交換留学生としてアメリカミネソタ州を訪れました。出発前に母が仕立ててくれた洋服を着て学校に行くと、友達に「Yoko, so different!」と言われました。「変わり者だ」とけなされているのだと思い、次の日は違う服を着ていくとまた言われます。それに落ち込んでいると、ホームステイ 先の妹が「それは褒め言葉なのよ」と 言うのです。そこで初めて、周囲の人たちが皆、いかに個性を大切にして他人と違う自分になろうと努力しているかに気づきました。それ以降はアメリカでは一人ひとりの生徒が輝いて見えました。例えば、高校の課題でアメリカの歴代大統領について調べてくることとなると、日本の場合、誰かと同じであれば、私の選択は間違いないと安心する。しかし、アメリカの場合は、「本当にそれをやるの、絶対にやめない?」と聞いてきます。「やめないなら私は違うモノにするわ」ということです。別の見方をすると、同じことをすると比較されてしまいます。だから、アメリカ人は絶対に オンリーワンとなることを選びます。これが人とは違うことを善とする価値観が私の中に芽生えた瞬間です。

谷口 日本の場合は、人と違うことを嫌います。高校生という多感な時期に、多様性という実感を持つこと ができたのは、その後の尾原さんの人生観を決定付けたのでしょうね。

尾原 そうですね。だから、大学進学の際もあえて東京大学を選びました。周囲からは、嫁の貰い手がなくなるなどといった反対の意見もありましたが、人と違うことでも、世の中に役立つこと、私自身の興味があること、そういうものをしっかりと見つけないといけないと考えるようになっていました。

谷口 就職先も、当時としては珍しい民間企業の総合職に就かれました。

尾原 初の大卒女子として旭化成に就職しました。当時、旭化成は合成繊維の開発競争の真っ只中にいました。アクリル繊維「カシミロン」を独自技術で確立するために資源をつぎ込み、屋台骨の事業とする目標で開発を急いでいました。しかし、セーターなどの衣料向け繊維原料を扱うため、商品のファッションやデザ イン、流行に敏感である必要があったのですが、男性にはわからない世界だったことでしょう。そこで、一本釣りの採用になったということです。  入社後は、繊維部門のセーター部隊に配属されました。楽しかったですね。勉強することは山ほどありました。しかも大卒女子採用という前例がなかったこともあり、お金はいくら使ってもいいから自分で学んでくれ、という方針で自由に学ばせていただきました。

谷口 入社しても本当に丸投げ状態だったのですね。そこで、自我も育まれたのではないでしょうか。

尾原 そんな中、2回目の留学は、旭化成に入社して5年後のことです。キャリアパスの先が見えなくなり、秘密裏にフルブライト奨学金の試験に合格し、アメリカニューヨーク州ファッション工科大学(FIT)への留学を決意しました。上司に退職を 願い出たら、「ニューヨークに事務所もあるし、何かあったら使えばいいよ」と、会社に籍を置いたまま留学するようすすめられました。留学中、アクリル繊維「カシミロン」の発売10周年を記念する事業に上司からアイデアを求められました。ちょうど、FITの恩師ジャーナウ氏の『Inside the Fashion Business』という本と出会った頃で、これは繊維産業をファッションビジネスへと昇華させていく革命的な力作でした。「この翻訳本を出したい」とテレックスで応答しました。すると、「その本を記念出版して旭化成が恥をかくことはないか?」と再考を命じるテレックスが届き、三日三晩必死に考え、「恥をかくことはありません」と返信しました。そして、1968年に『ファッション・ビジネスの世界』を出版しました。今考えても、私のキャリア最大のターニングポイントでした。  今考えると、当時、28歳の女の子の発言を信じ、社内を説得してくれた上司には敬服します。私もこの本が評価されなければ、自ら日本中を歩いて説いて回ろうという覚悟でした。

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人生をデザインする
ワークライフマネジメントという着想

谷口 上司が気概のある方でしたね。帰国後はどうされていたのですか。

尾原 帰国後は東京マーケティング部配属になりました。ファッショントレンド予測を他社に先駆けて取り組む仕事でやりがいがありました。ファッション企画室長となったものの、途中で子どもができた時期は嘱託職員でした。  室長になってからは新卒の採用も始めました。ただし、全員が正社員というわけではありません。当時の制度ではこれが限界でした。男性の場合、誰もが仕事をするのが当たり前の時代で、選択の余地すらありません。しかし、女性の場合は、あえて自ら選んで仕事をしているため、意気軒昂でモチベーションも能力も高いという強みがありました。

谷口 働き方、生き方、暮らし方を区別せずに働き続けることはサステナビリティとつながります。これは重要なことです。今では、すぐに制度の議論となってしまいがちです。この実情をよく理解することができれば、いくらでも方法はあると思います。

尾原 私は働き方を問う前提として、まずワークとライフは区別するのではなく、シナジーがあるという認識を持つべきだと思います。仕事と暮らしを別に捉えていたら、真のプロフェッショナルにはなれないでしょう。だから、ワークライフバランスではなく、「ワークライフマネジメント」と表現したほうがより適切だと思っています。

谷口 ワークライフマネジメントという言葉は的を射た表現です。つまり、自分の生涯をマネジメントするということですね。

尾原 そうです。そして、マネジメントを考えたとき、やはり子育てこそ、もっとも勉強になると思います。乳児から幼児までは、かわいいかもしれませんが、小学生からはしっかりと手綱を握っていなければ、大変なことになります。そういった点で、ものすごく勉強になりました。つまり、子育てからマネジメントを学び、障害があれば、キャリアアップのため には働き方そのものを変えることが大切です。二律背反ではなく融合して、Win-Winにする。仕事と暮らしを別に考えるのではなく一体と考える。「ワーク」か「ライフ」か、ではなく「ワーク」と「ライフ」、「チームワーク」か「個人プレー」か、ではなく「チームワーク」と「個人プレー」という認識に立つことが求められています。

谷口 確かに右か左かではない。今、よくオンオフと区別されていますが、実はすべて自分の時間です。意志と覚悟を持って道を選ぶことがクリエイティビティです。前提として、これを理解しないといけない。男性、女性という性差ではなく、個性として捉えなければなりません。他と違う価値観を持つことに動じず、好きな仕事をしてほしいですね。

尾原 好きだからこそ、没頭して取り組むことができ、自分自身で道を切り開いていくという「成功体験」をする。そして、自らの生涯をしっかりとデザインしていけるようになってくれれば、その先にプロフェッショナルとしての自分が確立できると思います。

谷口 1970年、旭化成FITセミナーが始まりました。

尾原 やはり出版の反響は大きかったです。当時飛ぶ鳥を落とす勢いで注目されていた元ダイエーの中内功さんからも「すばらしい内容。画期的だ」とお褒めいただき、出版の1年後、一般紙の株式欄に「FB関連株、高い」という見出しを目にした時には、Fashion Businessを何と訳すかで大議論をした経緯もあり、大変うれしかったことを覚えています。  FITセミナーも大変でした。優秀な通訳に来てもらっても、ファッションビジネスならではの専門用語の訓練が必要で、ブリーフィングに毎回3時間かけました。受講者の満足を得るためにもコーディネート から何から大変な仕事でしたが、ファッションビジネスの発展に貢献したかったので、やりがいを感じて いました。28年間、来日講師157名、延べ1万200人もの方々に受講いただきました。  一方で、本当のプロフェッショナル教育のあり方や人材育成のために、通商産業省(現経済産業省)に日参していました。1989年、ようやく繊維ビジョンに「大学院レベルの産業志向の教育機関を作る」という文言が盛り込まれました。そして、業界を挙げて支援をいただき、山中鏆元東武百貨店社長のリーダーシップによって、1992年に50億円の基金を得てIFIビジネススクール(IFI)の設立に至りました。IFIでは、旭化成からの出向という形で副学長に内定しました。学長就任含みだったこともあり、1997年にハーバード・ビジネス・スクールの経営者向けコース(AMP)に留学しました。これが3度目の留学です。そこでは、財務やグローバルマーケティング、人材マネジメントなど立体的に学ぶことができました。  卒業式で、164人の学生を代表してスピーチすることになりました。そこで、英語を母国語としない仲間に「何か言いたい事はない?」と尋ねたところ、「米国は他国の文化や歴史にもっと謙虚になるべきだ」との声が多く集まりました。それを上手に伝える方策を考え、10分のスピーチの最初、30秒ほどを日本語で話したのです。すると、会場は水を打った ように静まり返りました。その後、英語に切り替え「英語が母国語でない学生は皆、今みたいな気持ちだったのです」と続け、アメリカ人なら誰でも知っているポテトチップスのジョークもいちいち、調べないとわからないというハンデキャップがあったと伝えると、大喝采に。すると、気づかなくてごめんなさいと皆が謝ってきました。誤りに気づいたらすぐに正す点はアメリカ人の偉いところですが、この一件は、異文化コミュニケーションについての、私の大きな自信となりました。

谷口 これまで様々な辛酸をなめてこられたかと思いますが、まさに自らエンパワーメントされてきた。

尾原 日本では「出る杭は打たれる」と言いますが、私は「出ないと、杭は腐るのよ」と周りに話しています。 新しい社会活力となる個人 ポイントは「現場力」と「当事者力」

谷口 尾原さんを含め「成功体験」をお持ちの方々が、しっかりと周囲に伝えていくことで新しいロールモデルとなります。これまでの経験を踏まえて、これからの社会を生き抜くために、何がポイントとなってくると思いますか。

尾原 時代を担う若い人が、仕事に取り組む喜びと達成感というスピリットを理解し、体感してもらうことが大切です。結局、力のある人が社会を回していきます。そして、力のない人が文句を言う。力のある人とは、本人にやる気があって、その先のキャリアをイメージし自己研鑚できる人、ということです。その目的意識があれば、妥協せず、喜んで自己投資していくべきだと思います。新しい社会活力を生み出すものは、結局、「個人」に尽きます。個人は自立することで、生涯を決定付けると言っても過言ではありません。つまり、自立している意識があるからこそ、他者への貢献を思いつき、ビジネスへと発展していくのです。  その上で、これからは「現場力」と「当事者力」の2つがキーとなってくると思います。今、社会活力となっているのは、現場を知り、現場から発想して、人のためになりたいという社会貢献の考え方です。この価値観をしっかりと意識しないといけません。いまやボランティアが、単なる道徳的善意としてではなく、生きがいとなっているのです。  そして、もう一つの当事者力。これは自分で責任を負う気がない人が、いくらアイデアを言っていても結局は無責任な空論。自分が腹括って行動に移していくことが大切です。その代表例は、一個人が不便を感じたことに端を発したアメリカのスタートアップ企業「Rent The Runway」。 ハーバード大の学生が自分の満杯のクローゼットを見ながら、それでもパーティで「着るものがない」実態に直面し、ドレスレンタルの事業を開始した。個人のタンス在庫をレンタル在庫として共有する、という考え方です。今、洋服はトレンドもなくなり、インターネットの発達によって買い方すらも変わってきています。しかし、ファッション業界は全くこれに対応できていません。

谷口 個人という小さな単位のところに、多くの物がストックされています。それがデッドストックとなっていては、ゴミです。物は使われてこそ生きてくる。その生かし方をビジネスに落とし込んだ。まさに現場力と当事者力の為せる業と言えます。「所有」ではなく、「活用」の着眼で個人 財を社会財へ転換させていく。このアイデアは、衣服に限りません。たとえば、子供が生まれて、いざ子育てを始めると、きっと育児本や絵本を買い込むことでしょう。しかし、育児が終わればゴミとなってしまいます。これを寄贈するホームライブラリーがあれば、デッドストックとなってしまった個人財を社会財へと転換していけます。

尾原 その通りですね。私たちの活動も、一人ひとりの貴重な経験を個人財から社会財へと昇華させていけるように努めていきたいと思っています。

谷口 互いに活用し合う社会が来ることを期待しています。ありがとうございました。

(Life Design Journal vol.5 2015年10月15日号掲載記事転載)

尾原蓉子氏(おはらようこ)

一般社団法人ウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッションを設立、代表理事・会長

東京大学卒。米国F.I.T. 卒。ハーバード・ビジネススクールAMP(Advanced Management Program) 卒。米国ウッドベリー大学「名誉芸術博士」。IFIビジネススクール元学長。2014 年6月、一般社団法人ウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッションを設立、代表理事・会長を務める。日本FIT 会会長、ザ・ファッショングループ・インターナショナルNY 本部アドバイザリー・チェア、金沢市立美術工芸大学大学院客員教授、ハリウッド大学院大学専任教授、㈱AOKIホールディングス取締役、ほか。
現在、「ファッション・ビジネス―未来は今あなたが創る」をテーマに書籍を執筆中。人々の意識の変化とデジタル・コミュニケーション技術の進展によりファッション・ビジネスも個人が主導するライフスタイル・ビジネスに変容を遂げつつある今、必要とされる着眼を直言。繊研新聞社より刊行予定。

谷口正和(たにぐちまさかず)

マーケティング・コンサルタント、株式会社ジャパンライフデザインシステムズ 代表取締役社長

1942年京都生まれ。京都鴨沂高校を経て武蔵野美術大学造形学部産業デザイン学科卒業。生命、生活、人生の在り方を問う「ライフデザイン」を企業理念そのものとし、地球と個人の時代を見据えて常に次なる価値観のニューモデルを提示し続ける。コンセプト・プロデュースから経営コンサルテーション、企業戦略立案、地域活性計画まで幅広く活動。時代を週単位で分析し続けている週刊「IMAGINAS(イマジナス)」はウィークリー情報分析誌の草分け的存在。会員制ワークショップとして、21世紀の新マーケット・パラダイム『文化経済』市場の商業、観光、産業の経営を学ぶ「文化経済研究会」を主宰。 日本デザインコンサルタント協会・副代表理事、日本デザイン機構・理事、日本Webソリューションデザイン協会・顧問、京都文化観光創造塾・座長等を務める。

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