Photo by Sanyam Bahga - CC BY-SA 3.0

ル・コルビジェの都市をたずねる インド・チャンディーガル

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ル・コルビジェの建築群が世界遺産登録の勧告を受ける中、その対象とは外れてしまったものの、インドパンジャーブ州とハリヤナ州の州都を兼任するチャンディーガルには、世界に3つしかないル・コルビジェが設計した美術館の1つがある。

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チャンディーガルはどちらの州からも行政上は独立した連邦直轄領の一つ。その理由は、イギリスからの独立時に激化したイスラム教徒とヒンズー教徒との対立によるもの。1947年にパキスタンが分離独立した際、パンジャーブ州の中心都市だったラホールがパキスタンに編入されたことを受け、当時の首相ネルーがパキスタンに対抗する形でパンジャーブ州の州都を世界に類を見ない芸術的なヨーロッパ風の都市の建設を試み、まちづくりが始まった。「チャンディーガル」という都市の名称にも、ヒンドゥの女神の名である「チャンディ」、そして「城壁のある都市」を意味する「ガル」が組み込まれている。当初、発注先はアメリカの建築家アルベート・メイヤーが指名を受けていた。しかし、途中で頓挫していまい、フランスのモダニズム建築の巨匠ル・コルビジェに白羽の矢がたった。ル・コルビュジエが 63歳の時だったという。

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チャンディーガルの都市は、碁盤の目状に作られている。そして、すべてがセクターで区分けされており、チャンディーガルの都市を人体の役割・機能と類似させて設計されている。例えば、行政上の意思決定・判断を行う都市機能の役割を担う官庁エリアを人間の頭部とし(Sector-1)、レストランやショップが集まる都市の中心を人間の心臓と捉え(Sector-17)、人造湖や公園などエリア(sector-4,5,6)を人間の肺と捉えるなど人体の構成がまちづくりに反映されている。チャンディーガルは都市全体が、各ブロックに区分けされており、設計の順に数字で示されていく。街が大きくなるにつれて順次、sectorが広がり、現在は57のセクターにまで広がっているそう。

チャンディーガルにあるル・コルビュジェのデザインとされる建物は、Sector10に集中している。中でも興味深いのは 『Government Museum and Art Gallery』(1958年竣工)。これが世界に3つしか存在しない美術館のうちの1つ。チャンディーガルの他には、同じくインドのアーメダバード美術館(1957年竣工)と、今回、世界遺産登録の勧告を受けた東京上野にある国立西洋美術館。

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美術館の外観は、国立西洋美術館を彷彿とさせる。中庭には、彫刻などアート作品が並べられている。そしてインド全土から集められた、絵画や陶器、石の彫刻、テキスタイル、刺繍などを展示美術品が並べられている。ガンダーラ仏のコレクションが充実し、エローラ・アジャンタ石窟寺院から出土した壁画や仏像も充実。また現代美術作品も多く所蔵されており、19世紀の日本や中国、韓国から送られた陶器なども展示されており、作品は多岐に渡る。

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誤解を恐れずにいえば、チャンディーガルはインドらしかならぬ場所。これまでに訪れたインドの政治の中心地ニューデリーや聖地バラナシ(ベナレス)、インド最大の商業都市ムンバイ、インド南部最大の商業地チェンナイ、避暑地シムラー、ラダック地方のレーなどインドを代表する都市とは別格だった。

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そこには、インド特有の鳴り止まない車のクラクションの音や道路の真ん中で悠然とただ立ちつくすだけの牛、道路脇に集められたゴミをあさる野良犬、こうしたカオスな空間は存在せず、片側3車線の並木通りが区画を貫き、路地の先には低層の鉄筋コンクリートの住宅が軒を連ねていた。上記の写真のように牛が交差点で横一列に並んで信号待ちをしているという稀有な場面にも遭遇するほどで、インドらしさを求めて訪れた人には物足りなさを感じるのかもしれない。

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インドは5月が夏のシーズン。チャンディーガルも日中の気温は優に40度を越えていた。その強い日差しを和らげてくれるには十分過ぎるほどのオープンスペースが設けられている。しかし、このオープンスペースがインドらしさを払拭している意見もあり、ル・コルビジェが行ったチャンディーガルの都市計画を「失敗」という声も聞く。
しかし、インドの家のほとんどはコンクリート造。熱がこもる鉄筋コンクリートの家が並ぶインドにとって、広いオープンスペースがあるのは、住む人のことをきちんと考えられた、とても理にかなった作りであるように感じた。

有木一宏(ありきかずひろ)

株式会社ジャパンライフデザインシステムズ チーフエディター

大学卒業後、いわゆる「自分探しの旅」にインドを放浪。縁あって天台宗が支援する孤児院「パンニャ・メッタ子どもの家」で子どもたちの暮らしを体感。帰国後は、孤児院の運営を行う「パンニャ・メッタ・サンガ」を通じて仲間とともに自分たちにできる範囲の支援活動を継続中。当時の子供たちが結婚していく中、一人置いてけぼりの寂しさを感じる今日この頃。今回は、そんな友人たちが住むインド北部のヒマーチャルプラデーシュ州レコンピオを訪れた際に立ち寄ったレポートです。

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