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横浜市長 林 文子 × 谷口 正和 スペシャル対談 「イノベーションへの活力」

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世界からは「失われた20年」と様々な観点から指摘され、新しい革新力を見せられずにいる日本経済。さらに、人口減少や少子高齢化の問題に加えて、多様な課題をかかえて解決のシナリオが求められている。こんな先行きの不透明感が漂う今の時代にとって、求められる力とは何か。林文子横浜市長との対談から、これからの日本にとっての可能性や視点を見出していく。

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社会を動かす「共感連鎖」の力

谷口 今の日本社会には、混沌とした風潮が漂っています。そのような中、今後、リーディングを取っていくのは女性だと思っています。まずは、第一線で活躍されてきた林さんの半生についてお話を伺わせていただけませんか。

 1965年、私は18歳で高校を卒業し、大手の繊維会社に就職しました。当時、男性と女性の仕事には明確な線が引かれていました。同期の高卒の男性社員は、先輩について営業に出ていくのに、女性は男性の補助的な仕事しかさせてもらえず、一つの仕事を任されることがありませんでした。やはり働くからには男性と同じように責任をもって働きたいと転職を重ねました。

谷口 当時の状況を考えると、他の多くの女性も同じような感情を抱いていたのかもしれませんね。林さんにとって、転機となったのはいつですか。

 転機はホンダの販売店への転職でした。新聞の求人欄に掲載された自動車セールスマン募集の文字が目に留まり、雇ってもらえるように懇願しました。社長には、男性でさえ敬遠する自動車セールスの仕事に対して、これだけ夢中になって採用して欲しいと願い出る人には出会ったことがない、と驚かれました。3カ月働いてダメだったら辞めるという条件付で採用が決まりました。当時は親会社が行う研修すら、女性は受けられない状況で、販売店の社長自ら自動車の車種と保険の種類、そして洗車の方法まで教えてくださいました。その後、親会社の本田技研から営業マン用のカバンが届き、社長からは名刺をいただきました。その時は本当に夢のような気分でした。

谷口 当時は、まだまだ女性が働くことに対する偏見があったのですね。

 当時、私は31歳でした。今ではセールスレディという呼び方はしませんが、「セールスレディ林文子」と書かれた角の丸い名刺でした。早速、その名刺を手に、自ら1日100軒のノルマを課して飛び込み営業を始めました。しかし、何軒回ってもドアすら開けてくれません。何度インターホンを鳴らしたことでしょうか。ある時、アパートの一室をノックしたら、若い奥様が出てきて名刺を受け取ってくれたのです。そして「あなたかっこいいわね」と言ってくださいました。その優しさが嬉しくて、営業回りをして疲れてくるとそのお宅を訪ねるようになりました。お部屋に上げてくださって、一緒にお茶を飲んだり、奥様が風邪で寝込んでいらした時には、代わりにお買い物をしてさしあげたりするようになりました。本当にその方のことが好きで訪問していただけなのですが、ある時、その奥様が、旦那様の部下がホンダの車が欲しいと言っていると紹介してくださり、初めての1台が売れたのです。
 出会った方に寄り添い、最善を尽くせば、結果は後からついてくるということを実感しました。もう一つの気付きは「あなたかっこいいわね」という奥様の共感の言葉です。その一言が、私を本当に勇気づけてくださいました。

谷口 まさに「共感連鎖」の力ですね。やはり一心不乱になって一つのことに取り組んでいくことで、次が開けていく。

 私にとっての営業は、まさに人との出会いそのものです。ご縁のあった方の力になり、誠心誠意、おもてなしの心で接していくことを心がけました。そして相手の方をほめる。ショールームでお客様をお迎えする際には、「冷たいものはいかがですか」、「今日はお休みですか」などと声をかけ、例えば、「谷口さんの今日の蝶ネクタイは素敵ですね。知性的なデザインと言われている、このアコードにぴったりですよ」といった具合です。「ほめ殺しの林」と言われたほどでした。
 お客様は、車の性能以上に、その車を購入した後に自分の生活がど
のように変わっていくのか想像することを楽しんでいるのです。

谷口 確かに男性の場合、一方的に車種や性能を説明しがちですね。商品そのものを直接、お客様に営業していくのではなく、お客様が何を求めて来店してくださっているのかをしっかりと明確にイメージすることが大切なのですね。

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社会の潤滑油は人をリスペクトする気持ち

谷口 「柔よく剛を制す」の諺の通り、力ずくではなく、ホスピタリティの精神によって人の心を動かしていくということですね。

 営業職としての経験から、人に寄り添うことが私のポリシーとなりました。その後BMWに移り、支店長という立場に就いてからも、共感力を意識してほめて育てることを徹底していきました。一方的に、「駄目だ、なぜできないんだ」と叱責しても、萎縮するばかりで、その人の力は発揮されません。例えば、ショールームで外回りをしていない従業員がいると、私から誘って一緒に外回りに出かけます。そして、「今日は楽しかった。支店長になると腰が重くなってしまって駄目ね」などと話をすると、彼も後ろめたくなって外回りに出かけるようになるのです。するとそれまで月に3台がノルマという人が7〜8台売れるようになります。皆がそうやって売れるようになると、それまで支店中で最下位だった成績がトップになりました。

谷口 相手を叱責して詰め寄るのではなく、モチベーションをあげさせて行動に移させる。叱責するだけでは、たとえ人は動いたとしても、モチベーションまでは高まらないはずです。

 ほめて育てるマネジメントをしていると、フォルクスワーゲン東京の社長職にというスカウトの話が来ました。正直驚きましたが、イギリス人社長の「あなたに社員を幸せにしてもらいたい」という言葉に感動してお引き受けしました。長年、赤字経営だったのですが、1年半で黒字にしました。4年半が経った頃、今度はBMWから戻って来て欲しいというお話をいただき、そこで2年間社長を務めました。そして次に、当時産業再生機構から支援を受けて経営再建中だったダイエーに移ります。売上が好転し成果が見え始めた頃、産業再生機構が手を引き、株主が変わってしまいました。全国の社員やパートさんを想いながら、引き続き再建に向けて力を尽くしました。ちょうどその頃カルロス・ゴーンさんから、日産の役員をやって欲しいとスカウトされました。そして最初に約束した3年間をダイエーで過ごした後、日産に移りました。その1年後に、今度は横浜市長選への立候補を打診されたのです。これは本当に青天の霹靂でした。同時にこれだけの大都市の市長を女性にやって欲しいという時代になったのだと、感慨深い思いもありました。娘からは「18歳から働き続け、女性の社会進出の厳しさを目の当たりにして、多くの苦しみに耐えてきたのは、このためじゃない。天命よ」と背中を押され、出馬することになり、現在二期目を務めています。

谷口 今、アメリカも、女性大統領の誕生が期待されているところです。20世紀に築き上げてきた社会は男性的です。それがいたるところで綻び始めています。その綻びを女性の力で修繕していく時にあると思います。

 女性と男性がお互いの強みを引き出し合い、補い合えば、真に豊かな社会になると思います。人口372万人の横浜市で女性市長が選ばれました。これは画期的なことだと思います。私は市長に選ばれた以上、日々全力で市の施策を進めています。経営者の経験を活かし、明確な目標を掲げ、市民・企業をはじめ多くの皆様と信頼関係を築き、総力を結集して課題解決に取り組んでいます。保育所待機児童の問題に対しても、「待機児童解消」ではなく、「待機児童ゼロ」を目標に掲げ、あらゆる手を尽くして取り組んでいます。

谷口 経営者の視点が活かされているのですね。

 市長に就任した当時は、行政と民間との文化の違いに非常に戸惑いました。行政の仕事は、できて当たり前。ややもすると公務員叩きの風潮がある中、ほめる文化はありませんでした。しかし、マネジメントの基本は民間でも行政でも変わりません。すべての基本は人であり、トップと職員の間に共感と信頼がなければ組織は成り立ちません。私自身、市内の18区役所に出向いて職員に直接語りかけ、モチベートするところから始めました。「共感と信頼の市政運営」を掲げ、「おもてなしの行政サービス」と「現場主義」を徹底することで、組織が活性化してきた確かな手ごたえを感じています。職員自身が現場に出て、進んで説明する、声をかける、共感と信頼の関係を作る、といったことが浸透し、区役所でも、「いらっしゃいませ」、「お足もとにお気をつけてお帰りください」という接客が当たり前になっています。区役所の窓口サービス満足度調査では、「満足」とお答えいただいた方が過去最高の80%、「やや満足」とあわせて96.7%の皆様にご満足いただいています。これは市の職員の力です。横浜市の職員たちは、自分たちは市民の皆様のために尽くすという志を持って市役所に入っています。モチベーションさえ高くあれば成果が上がるのは当然です。

谷口 成果が目に見える形で明らかになっていくことは、職員のやる気を駆り立てるものになりますね。

 やはり共感力をベースにした人に寄り添うスポンサーシップが大切だと思っています。言葉を尽くして議論を重ね、信頼関係を築いていくことで、職員の能力を最大限に発揮していくことを考える必要があります。

谷口 公務員を穿った見方をするのではなく、多面的な視点で捉え直すことが重要ですね。そこには、相手に対する尊敬の気持ちが欠かせません。

 そうですね。今、日本社会に不足しているのは、相手に対するリスペクトです。出会った縁を大切に、人を尊敬することに対する喜びと感謝の気持ちをもう一度見つめ直していきたいですね。

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多様性が内包するイノベーションの活力

谷口 林さんの生き方から、共感力、スポンサーシップ、リスペクトと多くのイノベーションへのヒントが得られたと思っています。これは今後の日本社会にも置き換えられますね。

 急速なグローバル化・ボーダーレス化が進む今、多様な価値、文化を受け入れ、その強みを活かし合いながら活躍できる環境を整えることは、イノベーションには不可欠です。こうした力を育むことで日本が国際社会に貢献していけるようになると思っています。
 横浜は日本の玄関口として1859年に開港し、多様な人、モノ、文化を受け入れ、新たな価値を生み出してきました。今後も横浜市から都市課題の解決モデルを生み出し、同じ課題に悩む他都市の動きも後押ししていければと思っています。

谷口 その一つとして、政令市初となる国際局を立ち上げられました。

 昨年4月のことです。全区局の国際関連施策を支援、強化する体制を整えました。さらに昨年5月には新興国の都市課題解決や市内企業の海外ビジネスを包括的に支援していく「Y-PORTセンター」も立ち上げました。フィリピンのセブ島をはじめ、新興諸都市で汚水処理や廃棄物処理など、具体的なプロジェクトが進んでいます。
 これは横浜が急激な都市化に対応してきた中で蓄積した都市インフラの技術やノウハウを海外に提供する、公共インフラ輸出の取り組みでもあります。国が国策としても進めていますが、横浜市が先陣を切って取り組んでいます。

谷口 ビジネスの世界においても大規模な組織よりも小さな組織が多くのイノベーションをもたらしているのは事実です。個別具体的なものが社会を突き動かしているといっても過言ではないでしょう。

 都市間では、その他にも文化芸術、観光、環境、経済、教育など、様々な分野で交流が進んでいます。都市間での交流の方がスピード感をもって具体的な取り組みが進みますし、顔の見える関係を築くことができます。例えば、日中韓の文化大臣会合で文化芸術交流プログラム「東アジア文化都市」の開催に
合意し、2014年の初代開催都市として韓国の光州広域市、中国の泉州市とともに横浜市が選ばれました。3都市で多彩な文化芸術交流プログラムを展開し、その後も活発な交流を続けています。また、横浜市の待機児童ゼロの取り組みは、APECなど国際的な場でも、同じ問題に悩む海外の諸都市から大きな反響を呼びました。
 世界では今、半数以上の人が都市に暮らし、さらなる人口集中が加速する「都市の時代」を迎えています。都市課題解決に向けた取り組みを都市間で共有してイノベーションを促し、より良い社会の実現を目指していきたいと思っています。

谷口 本日はお忙しい中、ありがとうございました。

(Life Design Journal vol.8 2016年4月15日号掲載記事転載)

林 文子( はやし ふみこ) 

横浜市長

東レなどを経て、ホンダの販売店に入社。トップセールスとして活躍。その後、BMW東京㈱代表取締役社長、㈱ダイエー代表取締役会長兼CEO、日産自動車㈱執行役員等を歴任。2009年、横浜市初の女性市長となり現在2期目。
米フォーチュン誌「ビジネス界で最強の女性50人(国際部門)」( 2005,2006年)、在日米国商工会議所(ACCJ)「2014パーソン・オブ・ザ・イヤー」等受賞歴多数。現在、指定都市市長会会長、内閣府・男女共同参画会議議員、文部科学省・中央教育審議会委員、文化庁・文化審議会委員、全国クルーズ活性化会議会長等を務める。著書に『ちょっとした“気配り”で仕事も人間関係もラクになる!』(秀和システム)、『部下を「お客さま」だと思えば9割の仕事はうまくいく』(中経出版)など。

谷口正和(たにぐちまさかず)

マーケティング・コンサルタント、株式会社ジャパンライフデザインシステムズ 代表取締役社長

1942年京都生まれ。京都鴨沂高校を経て武蔵野美術大学造形学部産業デザイン学科卒業。生命、生活、人生の在り方を問う「ライフデザイン」を企業理念そのものとし、地球と個人の時代を見据えて常に次なる価値観のニューモデルを提示し続ける。コンセプト・プロデュースから経営コンサルテーション、企業戦略立案、地域活性計画まで幅広く活動。時代を週単位で分析し続けている週刊「IMAGINAS(イマジナス)」はウィークリー情報分析誌の草分け的存在。会員制ワークショップとして、21世紀の新マーケット・パラダイム『文化経済』市場の商業、観光、産業の経営を学ぶ「文化経済研究会」を主宰。 日本デザインコンサルタント協会・副代表理事、日本デザイン機構・理事、日本Webソリューションデザイン協会・顧問、京都文化観光創造塾・座長等を務める。

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