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隈研吾氏が新国立競技場に臨む訳

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2005年に文化経済研究会でご登壇いただいた建築家の隈研吾氏のインタビューが週刊東洋経済7月30日号に掲載されていました。

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故ザハ・ハディド氏の案が白紙撤回され、新国立競技場のデザインを手がけることになった隈氏。様々な懸念がある競技場を引き受けるのは並大抵の覚悟では務まることではありません。

■今後必要なのは「ウォーカブル」な街作り

東京の街作りと世界を比較して隈氏は以下のように話します。

「欧州・中国では歩くだけで楽しい「ウォーカブル」な都市づくりに舵を切っています。代表的な事例では、北京の前門地区の再開発があります。再開発に当たりデベロッパーは超高層ビルを建てる計画を出したが、一部の欧米ジャーナリストが「歴史ある胡同を破壊するのか」と反対の声を上げた。結局、政府は伝統ある古い街並みを残し、下水道など衛生環境を整備する開発を進めることになりました。日本では京都や長野の小布施、大分の湯布院など、低層で木材が使われた伝統的な建物の並ぶ街が世界レベルの「歩いて楽しい」街です」

隈氏は環境に溶け込む「負ける建築」をコンセプトとして、あたかもそこに木や草花が生えているかのように自然なものとしての建築を目指されています。それは単に木や竹など自然の建材を使うということだけには留まらず、人間が歩いて楽しいかどうかまでを見通す。人間と自然との関係を問い直す、正に21世紀の建築であると思います。

■デザイナーに厳しい日本人

「日本の建築家は日本よりも海外で良い作品を作る。理由は国内のデベロッパーが消極的で、建築は「環境破壊」と批判されがち。このままだと東京は世界に出遅れる。今の日本はデザインに対して厳しい社会。一見するとデザインをしていないように思えるほど地味で渋いけれど、できあがると良いデザイン、というのがある。デザイナーに対して厳しい社会の中で、どのように生きるべきか。その道筋を新国立競技場のデザインで、僕なりに示したつもり」

オリンピックのロゴや競技場を巡る問題で日本には社会レベルでの「デザイン・アレルギー」が起こっているかもしれません。しかし、それでも誰かがデザインをしなければいけません。デザインとは単に何かの形を整えるだけではなく、目標へのアプローチ手段全てを指すもの。デザインなき社会はビジョンや目標が無い社会と同じであり、隈氏は新国立協議場を持ってデザインが持つ力とその必要性を社会に訴えたかったのかもしれません。

今後建設にあたっては多大な労力と砕心が予想されますが、次の50年、100年の単位で遺される国立競技場という未来への遺産がどのような形で完成し、持続していくのか。これを監視するのは日本社会全員の役割であると言えるのではないでしょうか。

株式会社ジャパンライフデザインシステムズ
チーフエディター
小林 征夢

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