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映画作家/食作法講師 大林 千茱萸

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大分県臼杵市で始まった、100年先を見据えた取り組み、
それは、人間が生きる上で大切な食と農に関する抜本的な改革だった。
そして、この取り組みに密着した映画『100年ごはん』
口コミで広まり、多くの反響を呼んでいる。
4年の歳月をかけ、臼杵の人々と食と農を撮り続けた
大林千茱萸さんに映画に込めた想いを聞く。

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始めの1歩は100歩分。
1歩踏み出したことで
大切な気づきをもらえました。

わからないことは、
撮影をしながら一緒に学ぶ

ー大林さんが、有機農業を推進する臼杵市の取り組みを撮り始めたきっかけを教えてください。
 ミレニアムの年、大分県で開催された「全国植樹祭」の総合演出を父である大林宣彦が手掛けた際に県内を取材した折り、臼杵市とのお付き合いが始まりました。その後、2本の映画の撮影が臼杵市で行われ、私もスタッフとして長逗留していました。そこからご縁が深まり、ある日、臼杵市の前市長だった後藤國利さんから、臼杵市がこれから行う取り組みを映像で記録して欲しいというお話をいただいたのです。その時点では、臼杵市が革新的な農業方法や野菜作りに挑戦しているとは知りませんでした。しかしお話を伺い、これは日本の農業の未来に素晴らしい希望となるのではと確信が持てました。私は農業のスペシャリストではありませんが、臼杵の壮大なプロジェクトを広く伝えるには専門的な視点からだけではなく、いち消費者である私が学んでゆく過程を軸に据えれば映画に普遍性が出るのではとの想いが出発でした。

ーそもそも臼杵市はなぜ、無化学合成農薬・無化学肥料の野菜作りを推進するようになったのでしょうか?
 後藤さんが市長時代に、学校給食を見てふと、臼杵市の野菜が1割にも満たないことに気づいたそうです。そこで、「学校給食に使う野菜を地元農産物で賄えないだろうか、さらには有機野菜に変えていけないだろうか」そんな想いに産学官が賛同し、取り組みが始まりました。

臼杵市土づくりセンターで約半年かけて作られた「うすき夢堆肥」。上映会では、参加者にこの堆肥を触ってもらい、希望者にはおすそ分けをしているそう。

臼杵市土づくりセンターで約半年かけて作られた「うすき夢堆肥」。上映会では、参加者にこの堆肥を触ってもらい、希望者にはおすそ分けをしているそう。

ー大林さん自身は、農業に以前から興味があったのですか?
 私は生まれも育ちも東京で、このプロジェクトにかかわるまでは基本、野菜は「買う」だけの人、消費者でした。撮影に入る前、臼杵で農業のなんたるかを、座学から実践まで怒濤の勢いで学びましたが、「野菜作りは土作りから」というはじめの一歩を含め、目から鱗が落ちる日々。そして撮影を進めていく中で、今まで自分は地面の上しか見て来なかったけれど、重要なことは地面の下で育まれているということに気づいたのです。健康な食べ物は健全な土からできるのだと。

 実際、臼杵市では、2010年に「臼杵市土づくりセンター」を開設。ここでは土壌微生物の働きが活発になるよう草木8割・豚糞2割という自然の土に近い堆肥を、約6ヵ月をかけて完熟させ「うすき夢堆肥」として出荷。地元の畑などで利用されています。そして、この堆肥で作られた有機野菜は、臼杵市が認証する「ほんまもん農産物」として販売されています。

ー撮影を行いながら、臼杵市の取り組みや農業について理解を深めていったのでしょうか?
 撮影前、自分に約束したことが二つあります。一つめは、「わからないことは知ったかぶりをせず、きちんと話を聞く」こと。二つめは、「ミクロを見てマクロを知る」こと。この約束事を軸に体験と観察を積み重ねてゆくと、例えば「土」を学ぶと次は「太陽」次は「水」、では「種」は? と、一つ学ぶと、三つくらい知りたいことが増えていく。自然の答えは一つではないから、事象を俯瞰して見ることで、多様性の中に可能性があるとわかる。映画を作るために踏み出した私自身の一歩が、撮影しながら何歩にも膨らみ、多くのご縁もいただいたことは大きな宝となりました。そして映画を撮り終えた今も学び続けています。「知る」ことは生きる智慧なんです。

実際に上映会で提供された料理。開催場所の地元食材や臼杵市の農産物を使った料理をみんなで一緒にいただきます。

実際に上映会で提供された料理。開催場所の地元食材や臼杵市の農産物を使った料理をみんなで一緒にいただきます。

100年後につなげる
一期一会の上映会

ー完成した映画『100年ごはん』の上映のスタイルが注目を集めています。映画と食事、トークをセットにするというのは大林さんの発案でしょうか?
 完成した映画をどのように公開するのかは、実は映画作りにおいて映画界のプロフェッショナルたちがいちばん頭を悩ませるところです。しかし『100年ごはん』は前市長の発案により自主製作された作品。映画会社も宣伝会社も入ってない。宣伝費ゼロの映画が映画館で上映される可能性はゼロに等しいのが現状です。けれど編集にさしかかった頃、農業の専門家や大学の教授にお話を伺うと、皆さん口を揃えてこの臼杵市の取り組みは全国的にみてもとても珍しいとおっしゃる。「多くの人が知れば、疲弊した日本の農業に希望の光を届けられるのでは」との言葉に背中を押され、映画を撮りながら学ばせていただいたことの恩返しのためにも、今までにない新しいスタイルの上映方法を発明する責務が私にはあると思ったのです。

 ヒントは「ごはん」でした。例えばSNSでは皆さんおいしそうなごはんをアップして盛り上がっている。そうか、人は性別も年齢も職業も国籍も、宗教が違っても生まれてから死ぬまでみんな「食べる人」。ごはんを一緒に食べて心のバリアを外せば家族のようになれる。家族になれば知らない土地の知らない取り組みは他人事ではなく、自分が暮らす場所の自分事として考えることができる。こうして『100年ごはん』は、「映画を観て+同じ釜の飯を食べ+みんなで語り合い+堆肥に触る」、体験型の上映スタイルにたどり着きました。

ーこれまでどんなところで上映したのですか?
 映画を観た人たちがツイッターやフェイスブックに紹介してくださったおかげで、口コミだけで世界各地で上映会を行い、先日200回目を迎えたところです。SNSがなければここまで広がることはなかったでしょう。実はこの『100年ごはん』の上映会は誰でも主催者になれるという特徴があります。映画を観て、自分も上映会をしてみたいと手を挙げてくれたら、主催できる。これまで個人宅や美容院など様々なところで上映しています。基本的に料理は主催者の方々にお任せするので、会場や主催者が変われば、料理も変わる。料理名人のおばさまや新米ママが作る会もあれば、マドンナのプライベートシェフが作ることもあります。だから『100年ごはん』の上映会は、一期一会。人生さながら、一度として同じ会はないんです。

フィラデルフィア映画祭で行われた上映会の様子。おにぎりや味噌汁といった和食に海外の方々も大喜び。

フィラデルフィア映画祭で行われた上映会の様子。おにぎりや味噌汁といった和食に海外の方々も大喜び。

ー興味関心を持ってくれる方々がいる限り上映会が続いていくということも『100年ごはん』の魅力ですね。
 この間も、お客さまに「終わらない映画ですね」といっていただいて、活動を続けてきて感慨深いものがありました。私はこれまで様々な映像作品をディレクションしてきましたが、今回の作品で初めて自分の名前を出しました。それは私の勇気と覚悟の表れ。この映画を観て、臼杵市の取り組みを知って、何かを感じたり、関心を持ってくれたら嬉しい。撮影中は自然相手で大変でしたが、苦労とは思っていません。たくさんの方々と出会い一緒に『100年ごはん』を制作できたことは、自分の人生においても転機となるプロジェクトでした。そして、これからも終わらせることなく、ずっと大切に育てていきたいと思っています。

映画『100年ごはん』とは?

現代の「食」にとって何が本当に大切なのか―。無化学合成農薬・無化学肥料の野菜作りを推進する大分県臼杵市の取り組み、そしてそこで暮らす農家や市民たちが試行錯誤しながら前へ向かっていく姿を追ったドキュメンタリー。一期一会スタイルで行う上映会は世界200ヶ所以上で展開中。



監督:大林千茱萸 脚本:森泉岳土・大林千茱萸 
撮影:川上康弘 音楽:山下康介 主題歌:松永希 
制作:山崎輝道 http://100nengohan.com/

大林 千茱萸(おおばやし ちぐみ)

東京生まれ。映画作家・食作法講師。3歳から映画館に通い始め、11歳で映画『HOUSE(ハウス)』(1977年作品)原案。14歳から映画の宣伝に関わり、独自の映画論を雑誌・新聞・テレビなどで幅広く展開。著書に『未来へつなぐ食のバトン 映画『100年ごはん』が伝える農業のいま』(筑摩書房)ほか。国際儀礼(テーブルマナー)食作法講師としても活躍。

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