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博士(工学) 松田 雄馬

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科学技術の発達は、私たちの暮らしを確実に豊かにしてくれる。
ただそれが、= 心や人生を豊かにしてくれるとは限らない。
空前の人工知能ブームにより、様々な議論や憶測が飛び交う中、
技術革新が進む未来社会に必要な生き方を、
「人工知能」や「生命」に関する研究を行う
松田雄馬さんに伺った。

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人間とロボットの違いは、
能動的に生きながら、
人生をより豊かにできること

人工知能ブームの中で
抜け落ちた知能の本質とは?

ーまずは、人工知能とは? というところから紐解いていこうと思います。
 元々は人間の脳の神経細胞の仕組みを人工的に再現しようとする試みから発展してきたもので、現在は第3次人工知能ブームの真っ只中にいます。今では「ディープラーニング(深層学習)」という技術が開発され、膨大なデータを学習することが可能になりました。この技術によって、「画像の中から物体を認識する」といった作業をこれまでにないくらいの高い精度で実現できるようになったり、囲碁や将棋においても人間を打ち負かすことができるようになったりと、ここ数年で目覚ましい進化を遂げています。

ー実際に人工知能は人間の知能に近づいているということですか?
 ここは難しいところですが、人工知能と人間の脳はやはり別物だと僕は思っています。現在の人工知能を支えているのは、「環境の変化を膨大なデータによってすべて予測する」という考え方であり、人間が本来持っている「環境の変化に〝自ら〞適応していく」という性質とは大きく異なります。〝シンギュラリティ〞という言葉を知っていますか?「技術的特異点」といって人工知能が人間の知能を超えることで起こる出来事のことを指します。

ー確かに最近、雑誌やテレビなどでもそういった特集を目にすることが増えたような気がします。
 そうですね。時々このシンギュラリティが起こった時に僕たちはどうやって生きていくべきかという議論をされることがありますが、正直なところ僕はこの議論に違和感を感じます。一つの説ですが、「2045年問題」というものがあります。2045年にはコンピュータの性能が人間の脳を超えるという予測です。中には人間が束になって立ち向かってもコンピュータに太刀打ちできないようになるのではないかという人もいます。でも、この議論には誤解があって、一番大事な部分が抜け落ちている。そもそも「知能って何なの?」「人間を超えるって何なの?」という部分が曖昧に語られているんです。

ー人間を超えるっていわれるとSF映画のような世界を勝手に想像してしまいます。
 簡単にいうと、人間の脳の中には神経細胞が120億個あります。電気信号で動く神経細胞の働きによって脳(知能)が作られているのですが、では、この120億個の神経細胞を人工的に再現することで、人間と同じ働きをするロボットやコンピュータを今作ることが可能かというと、答えはNOです。なぜなら、人間と人工知能には、目に見えない「認識の壁」が立ちはだかっているからです。
 例えば、目の前にジュースがあるとします。コンピュータやロボットは画像としてジュースの姿、形を認識することはできますが、「ここにジュースがある」と認識させることはすごく難しい。さらにはジュースを飲んで「おいしい」と言わせることは生半可なことではないんです。でも人間はコップを持ってストローでジュースを飲むという一連の動きを行うだけで、それぞれの役割を認識してしまう。
 人間の〝知能〞とは、自分の「身体」を通して、予測不可能な環境に適応していく仕組みであり、厳密なアルゴリズムがなければ動作ができない人工知能とは大きく異なるのです。
 哲学者ジョン・サールの考えによると、人工知能は大きく二つ、強い人工知能と弱い人工知能に分けられると定義しています。

●強い人工知能(Strong AI)=知能を持つ機械(精神を宿す)
●弱い人工知能(Weak AI)=人間の知能の代わりの一部を行う機械

 ここで重要なのは、現在私たちが使っている人工知能は、弱い人工知能であり、あくまで人間にとって「道具」に過ぎないということです。※強い人工知能にいたっては作る原理すら確立されていない。そんな状況で、2045年に人工知能が人間を超えるということは不可能ですよね。

人工知能が代替するのは
人間の「作業」であり「職業」ではない

ーでは、人工知能が人間の職業を奪うという議論についてはどう思いますか?
 まず社会的枠組みの中で話すと、会社の寿命ってどんどん短くなってきていて、最近の平均はだいたい10年ぐらいでしょうか。当然ながら情報化社会やグローバル社会、競争社会が進む中で、新しい産業も生まれては消えということを繰り返している。そういう意味では、職業が時代によって変化していることは間違いない事実です。そうした中で、人工知能が職業を奪う、奪わないという話は、切り分けて考えるべきじゃないかなと思っています。
 確かに弱い人工知能は、人間の知能の代わりの一部を行う「道具」であるため、現在私たちが行っている作業のうち、この「道具」を使って自動化できるものはたくさんあります。ただ、ここで気をつけたいのは弱い人工知能が人間に取って代わるのは「作業」であり、「職業」そのものではないということです。しかし、今後はこの人工知能という「道具」を使いこなせる人とそうじゃない人による違いはどうしても出てくるとは思います。自分の仕事に利用できる「道具」を手に入れた人は生産性が上がっていく。そういう意味では、生産性が上がった人が、そうでない人の食い扶持を奪っていくということはあり得るだろうと思います。働き方ということを考えると、人工知能が人間の職業を奪うというよりは、単純に仕組みが変わっていくのだと思います。

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ー人工知能という「道具」を理解して、必要であれば活用するという選択が大事なのですね。
 ただ、「道具」を使いこなすことだけを考えると、技術の精度を上げることばかりに目がいき、本来人間が大事にしなければいけない部分が抜け落ちてしまうことも。僕が代表を務めている合同会社アイキュベータで開発している顔認識システムの使い方がある種独特なのでご紹介します。どういう理念で作っているかというと、「顔認識システムはあくまでシステム、主体は人間。そのため顔認識の精度も90%位でOK」。ホテルの受付などで導入が検討されており、来客があると、システムが「この人かもしれない」という候補を出してくれますが、最後は人間がジャッジする。このサポートシステムのおかげで、新人のスタッフでもリピーターの顔とその顧客情報が瞬時にわかり、「いつもありがとうございます」と変わらないおもてなしを提供できるのです。システム任せにせず、人間が最後に考えて行動することで、人間らしいホスピタリティの領域に踏み込むことができるという一例です。もちろん、技術の精度を上げることも大切ですが、今後は、人間と機械の得意な領域をハイブリッドするという考え方も重要になってくると思います。

ー今後、ますます情報化社会が進み、科学技術も発達していく中で、私たちが大切にするべき生き方とは?
 知能の研究をする中で、大きなヒントとなるのが、1963年にアメリカで行われた「ゴンドラ猫」の実験です。歩けるようになったばかりの二匹の子猫を使って、1日3時間、数ヵ月間に渡って実験を行いました。一匹の猫は自分で動き回ることができ、もう一匹の猫はゴンドラの中に入れられ、外の景色を見ることはできますが自分の意思で動き回ることはできません。実験直後に視覚テストを行うと、自由に動くことができた能動的な猫は、視覚も正常に機能し外の世界に適応することができたのに対して、ゴンドラに入れられ受動的にしか動けなかった猫は、空間認識能力が機能せずモノにぶつかったり、モノを追いかけることができなくなったりしてしまったのです。
 この実験結果により、私たち生物が、空間を認識する能力(どこにモノがあるかを判断する能力)を身につけるには、視覚情報だけでは不十分であり、能動的な運動を必要とするということがわかったのです。つまり「視覚」と「運動」という、独立しているように見える二つの機能は表裏一体であり「世界は自ら動くことによって、初めて認識できる」と考えられるのです。これは、人間にも通じており、私たちも能動的に生きていなければ、社会を理解することができなくなる。そうなるとゴンドラ猫と一緒で、自分の意思で動くことができなくなってしまうのです。

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ーこれから先、どんなに科学技術が進化しても、〝自分の意思を持って動くこと〞が重要なのですね。
 自分でアクションを起こせば当然、いろんな壁にぶつかって痛い思いをするでしょう。でも様々な経験をすることで、徐々に「自分は何がやりたいのか?」という〝思想〞が生まれる。その思想というものが人を惹きつけるし、いろんな人を笑顔にするかもしれない。そして、その思想に影響を与えられた人がまた新たな自分自身の思想を育んでいく、そういう「思想の連鎖」がこれからの時代は必要になってくると思っています。どれだけ、技術革新が進んで暮らしが豊かになったとしても、自分自身に〝思想〞があるか、ということは、長い人生をより自分らしく、有意義に生きるためにとても大切なことなのです。

情報化社会に陥りやすい フィルターバブル問題

フィルターバブル問題とは、インターネットを使って集める情報が、実は自分自身の「過去の行動」や「好み」に支配され、自分にとって都合のよい情報しか入ってこなくなること。自分だけにカスタマイズされた情報(泡)に閉じ込められ、それが世界だと思い込まされてしまうことから「フィルターバブル」と呼ばれている。最近はSNSが一般化し、この傾向はより顕著に。自分と近い感覚の人とつながりやすいため、見ている世界が偏っていることにも気づきにくい。「SNS時代になった今、この社会的構造から逃れることは難しい。だからこそ、この事実を自覚して、自分から能動的に知らない世界に飛び込むことが大切」と松田さんは教えてくれた。

松田 雄馬

徳島県生まれ。2005年京都大学工学部地球工学科卒業。2007年京都大学大学院情報学研究科数理工学専攻修士課程修了。同年、日本電気株式会社(NEC)中央研究所に入所。2009年、東北大学とのブレインウェア(脳型コンピュータ)の共同研究プロジェクトを立ち上げる。2015年博士号取得。2017年「知能」や「生命」に関する研究開発を行う合同会社アイキュベータを設立する。著書に『人工知能の哲学 生命から紐解く知能の謎』(東海大学出版部)がある。

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